音楽を聴くとは
明日を生き抜く力をもらう事、私はそう思う「自分の音はどうなのだろうか」音ばかり気にして音楽を聞いていない、これほどもったいない事はないと思う。
音というものは、音楽を鳴らそうと努力していくうちに自然と磨かれて行くものです。
ソフトというものはもともと演奏が優れているから録られ存在しているのです。
録られた以外のものを音からなくしていく、原音の邪魔になるものを取り去ってみよう、私はそう思いました。
人伝の情報でしたが、あちこちに板を敷いたのも違う方向からオーディオを見つめたからです。
見えないデジタルノイズや高周波ノイズで悩んだり、色々ありますが、見えないので分からない、でも色々やっています。
低音が鳴らないからとスーパーウーハーを追加するなどもってのほかです。
「オーディオをやってきてそんな事も知らないのか」そう思います。
そんな人に限り堂々と雑誌の写真に載っている、私なら恥ずかしくて仕方がない。
何が言いたいのか、分からないってそういう事なのである、自分のことしか考えてないので、自分の事すら見えなくなってしまっている。
こんな方もよくお見受けする、アルテックA‐7に代表されるウーハーとドライバーだけのツーウェイである。
ドライバーとウーハーは能率と位置さえ合っていれば端正な白黒のジャズが聞ける、これも確かに魅力的な鳴り方だが。
しかしツィーターがないと低音を抑えきれない、つまり低音が鳴りっぱなしのようなつまらなく退屈な音になってしまう。
縦軸上に三つのユニットを位相を含め合わせるのはとても難しい、しかしどうしても通らなければならない道である。
ドライバーと繋がったホーンのスロートから一気に広がる所、その位置にツィーターのホーンの出口を合わせると決まる事が多い。
良く振動板の位置を合わせてる方をお見受けしますが、何の根拠もなく、その方法はナンセンスである。
オーディオは真面目にやっていれば、答えは必ずある。
しかしどこかがおかしいので、最後まで鳴りきらず、長い間聴いていられなく退屈になり。
音楽が鳴らないのです、音を聞く前に音楽を聴けるように各自で調整されたし。
オーディオとは音楽を聞くためにある、そのオーディオシステムから素敵な音を鳴らし明日を生き抜く力をもらいたいものです。