解き放たれた音
私のオーディオとは、ある程度分かって来た時から、接点を減らしてしっかり留め直したり、余計なものを外したり、そんな事の連続だったような気がする。
そして何度も話した持論を引っ込めてきた、それはいっけん勇み足ともとれるがそうではない。
読まれていて戸惑った方も多々いらしたと思います、総てはケーブル製作の為に、このじゃじゃ馬JBLを穏やかなまともな鳴り方にする為でした。
じゃじゃ馬JBLと言う言い方は少し違うと思いますが、私が飼い慣らせなかったと言う事です。
まだまだではありますが、私は本当に真剣にオーディオと向き合っています。
ある程度の答えは持っていますが、これを第三者のシステムに当てはめ、まともにする能力は今をもってしてもありません。
私が自分で言った言葉です「自分を一番超えられないのは自分自身である」この言葉が総てを物語っていると思います。
(自分を超える)これはとてつもなく大変な事だと最近思います。
そしてこれを第三者のオーディオシステムに置き換え考え、正確に答えを出さなくてはなくてはならないからです。
しかし最近になって気付きました、千差万別で答えは何処にもないのです。
ある程度の改善パターンなら分かります、しかし「同じ音にしてください」これには困ってしまいます「それが無理ならばせめて似たような鳴り方にしてください」似たような鳴り方と言っても、私が感じる音とユーザーの求める鳴り方とはかなりの隔たりがあると言う事です。
最近これを強く感じ夢にまでみます。
とは言ってもこれこそが私の仕事であり、生業なのです。
なのでユーザーが本当に仰りたい事をユーザーの言葉の中から探さなくてはならないのです、それからケーブル製作(今は左手の平が痺れてるので作っていません)に入ります。
自分自身を超える事が出来ない、この壁にあたりました。
そして些か母の介護に疲れました、少し息抜きが必要な感じです。