再会
お久しぶりです、お元気でしょうか。
このブログを始めるとき必ず毎日更新すると決めて始めたブログでした、またコツコツ始めたいと思います。
実は休んでいたわけではなく、日々色々と身体を休めながら書きためていたのです、足腰の痛みは少しずつ回復傾向にありますが、まだ時間がかかる気がします。
このブログは十一月十八日午前三時に書いています、眠れず起きてメールを開くと櫻井洋一さんからでした、横浜でズート・シムズのサックス(間違いなく本物)を見る会があったらしく、そこでコーンのサックスをたくさん集めていらっしゃるジャズ好きの方との出会いがあったとの事、自分の事のように感激しました、しかもなんと櫻井さんと同じ街に住んでいらっしゃったとの事、世の中は狭いものですね。
そして思いました、私はブログを世間に撃ちまくる事で精神のバランスを保っていたようです、櫻井さんからのメールは私の心にそれを強く訴えて来たのです。
『レスターはどんな装置で聴いてもレスターだ』みなさんはそう思うのではないでしょうか?しかし違うのです、レスターを語るのは音源が古いため鳴らすのがとても難しいのです、部屋を含めたシステム総てが余程しっかり鳴っていないとレスターを聴く事が出来ません、私は本物のレスターを本気で鳴らしたオーディオをあの時聴いてしまった、そして強く心の琴線に触れました、ジャズとは誠に恐ろしいものです、しかしそのジャズを私はまだまだ鳴らせていないことを悟りました。
クラシックも美しく豪華でいっけん圧倒的な音楽です、しかしやはり王宮の貴族の音楽と言うものが背景にあります、ジャズは酒と煙草と薬と淫売が蔓延る貧しいスラムで生まれた音楽です、ずっと奴隷として生きてきた黒人がやっとの思いで作り出した素敵な音楽なのです、その中で私は西側のジャズが好きです。
どんなに差別を受けても彼らは心優しく人懐っこく貧しくても素敵なジャズをたくさん残した、しかし殆どのジャズメンは富も名声も得られず薬や酒に溺れ消えて行きました、今でもその意思は受け継がれてはいるものの、やはり何処か違い色々聴くにつれ『やはりジャズは1930年から1950年代のモノラル時代に既に録音も含め確立されている』私はそう思っています。
それを私は去年荻窪の櫻井邸の地下のシャジーなオーディオルームで聴いてしまった、櫻井さんと私は歳がちょうど10歳違います、心に響く素晴らしい音でした、私が本気で求めていたものがはじめて理解出来たような気がして、今は渇いた私の心がそれを求めています。
クラシックも音楽や音の事について色々ブログに書いてきました、クラシックはたくさんの楽器がオーケストラとして聴けるのでオーディオ的な文章にしやすく伝えやすいのです。
大きく分ければクラシックは楽器やホールの響き、ジャズは直接音を私は奏者の感情と共に聴きます、なのでシステムの出来不出来がジャズはシンプルが故はっきりします、クラシックはどこか受け入れがたく夢うつつのような気がします、しかし私は双方共に聴きます。
そう感じてると言う事はやはり私はジャズが好きなんですね、そして数あるジャズメンの中でカウント・ベイシー、レスター・ヤング、コールマンホーキンス、ベンウェブスターが好きなのです。
トゥートゥータンゴでレスターはサックスからボーカルへシフトします、その酒に酔ってろれつの回らないレスターの優しくおどけた小洒落た人柄を聴く事が出来て、私はハッピーになるのです、その場に身体ごとタイムスリップ出来てレスターに会えた気がします。
レスターのトゥートゥータンゴ、是非聴いてみて下さい。
私は今六十歳、そろそろ人生の集大成である音と音楽を鳴らしたい、そう思ってるところへ足腰の痛みがなかなか治らず、何にも出来なくなり頭に来たのです、そして自分自身を追い込んでしまったのです、つまりそれだけの思い入れがあるのです。
そしてオーディオや足腰の痛みを暫し忘れ聴きたい、レコードを少し大きな音で自分だけの極上コンサートを鳴らしておりました、その時は嫌な事や足腰の痛みを忘れ正に最高です、そして元気をもらいました。
そしてつくづく思いました、私の作ったケーブルはジャンルやレーベルを選ばず、その真実を他の機材へ伝える、今回聴いていてそれを感じます、ウエスタンスピリッツのケーブルは総てのジャンルを選ばず聴ける、私がジャズ好きだからジャズしか聴けないケーブルではない、貴方がかけたソフト本来の音と、貴方のシステムのレベルが良く分かります。
そしてこの音を再びブログで伝えたい、そう思いました、今後とも宜しくお願い致します。
いよいよ師走です、何故だか世間は騒がしくどことなく殺気立ってきます、そして寒くなって来ます、お身体ご自愛下さい。