JBL2120。
このユニットとJBL4343Bとの出会いが私のオーディオの始まりだった。昔、大学の二部に通いながら昼間は文京区本郷でアルバイトをしていた、そこで知り合った二つ位歳上だった方から2120を譲ってもらったのだ。
その方は鶴見に住んでいて部屋は確か12畳だった、スピーカーはJBL4343Bだった、メーカーは知っていたが自宅で買える人などいないと思っていた。そこで聞いたハービーハンコックの処女航海の神秘的なストイックな鳴り方が忘れられない、とても小さな音で鳴らしていた。
当時の私はギター少年だった、お昼ご飯を切りつめて、フェンダーのストラトキャスターとマーシャルの真空管ギターアンプを購入した、それでお決まりのレッドツェッペリンやディープパープルをコピーして弾いていた、そしてアルバイト先でとんでもないオーディオマニアと出会う事になる、これからの自分の音楽に対するビジョンを熱く語った、すると、その方は私に25センチだけど、ギター用に音の良いスピーカーが二本ある、マーシャル使ってるならかなり良くなる筈だと、使わないから、ポックスを作って付けてあげると言われた、それでマーシャルのヘッドを繋げて弾くとオリジナル(セレッション)スピーカーとはまるで違う芯のある音になり、驚いた、でも。
それまでこだわってなかったオーディオにとても興味をもったのだ。
私はその方に頼み、秋葉原のラジカン二階のコウヨウ電器迄行き、オーディオを一式揃えてもらった、スピーカーはコーラルXⅦでプレーヤーはマイクロDD-8でプリメインアンプはDCアンプのトリオKA-8300だった。
でも、半年位で飽きてしまった、と言うより、どうしてもその方と同じJBLがオーディオで欲しかった、いただいたギターのスピーカーをオーディオに使えないかと相談したら、やっぱりねと呆れて言われた。
そしてその方は私を御茶ノ水のオーディオユニオンのクラフトショップへ連れていってくれた、マニアックな店でさっぱりイメージがわかないので、総てその方にお任せした、フォステクスキットの100リットルの密閉式のボックスを作り、上に2120を入れて、下をJBLのPR15C(ドロンコーン)にして、高音が足りないからコンデンサーだけで8000ヘルツでツィーターを切ってコーラルのアッテネーターを付けてJBLの077を繋ごうとなったのである。
休みの日を利用して二人で一日がかりで作り、夕方音を出した、渡辺かつみのユニコーンだった、DCアンプの低域が遅れない早い音が和室の六畳間にスパーンと広がった。
聞いた事のない密度の濃い危ない音だった。
感謝、感謝であった。
それからはギターを弾く時間が日をおうごとに減っていき、オーディオ一辺倒になってしまった。
ジミーヘンドリックスの出す異様なかっこいい音、こんな音は自分には一生に一度も出せない、そう思ったからだ。
ところが半年後位にその方は急に家の仕事を継ぐとかで退社してしまい、以来連絡がつかなくなってしまった。
自宅に連絡してみても既に電話番号も変わっていた、今一度感謝の気持ちもあり、どうしても会いたいのだ、当時は色白で真面目そうなちょっとお酒の好きな人だった、鶴見に住んでる坂本昌己さんとしか覚えていない。
今でもオーディオをやってる筈だ、誰か知らないか?もしこれを読んでくれたなら、この場をかりて感謝をのべる、貴方の事を一日たりとも忘れた事などありません。
今でも感謝しております。そして、その後私は、一端手放したコーラルと言うメーカーの音のバランスの凄さを後に知ることになり現在に至る訳だ。
自作スピーカーはとても難しいと言う訳だ。
それにしてもJBL2120(25センチフルレンジ)は、やはり名器だと私は思う。
1950年代ジャズを聞いた時の、危ない感じは他の優秀なJBLユニットを使ってみてもなかなか表現出来ない。
2120は鮮度抜群のフルレンジユニットである。
ヴィンテージショップに行ってもE-110やK-110と同じと言われるが、残念ながら全く別物ですよ