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この記事は、2018年11月7日に、FC2ブログからこちらのサイト(https://we-spirits.jp)へ
移転したものです。

話が噛み合わない

今日は度々このブログに出てくる母のお話しです、暫しお付き合いいただけたら幸いです。

母と私は実の親子です、最近は随分、介護に慣れてきました、慣れてきたと言うのは、母はアルツハイマー型の認知症でその介護の事です。

去年六月に亡くなった優しかった父は、最後まで「先輩の事をよろしく頼む」と何度も私に言いました、余程、気がかりだったのでしょう、先輩とは母の事で私の口癖です。

以前、母は、話した内容の記憶が一分はあったのですが、最近は一秒もないのです、知能で言えば行動は二歳の子供位でしょうか。

しかし若かった頃の生活習慣からか、世間一般の常識は残っているみたいで、何とか詐欺に引っかかる事はないようですが、電話も我々に転送しました、父のご焼香に来られる連絡を総て断ってしまうからです、もう危なくてひとりで買い物に行かせる事も出来なくなりました。

それは何故か?見た目です、何年も美容室へ行ってないので髪の毛はボサボサ、お巡りさんがみたら直ぐに質問を受ける筈、自分の名前は何とか言えますが、住所と番地が言えないし、電話番号も完全に忘れているのです、これではお巡りさんとしては関わった以上、帰せないと思います、でも本人は歩いてならば家まで帰れると思います、でもそんな問題ではないですね、鍵も持ってないのです、夏でも冬服を着ています、我々若夫婦が知らずに外出して留守なら家に入れません。

なので一旦保護になり、派出所か施設へ入れられてしまうと思います、そして民生員を辿って我が家に連絡がくると思います。

困った事に名札も極度に嫌がり、縫いつけても直ぐに外してしまいます、どうやって外すのかわたしにも分からない程の能力があるのです、これは私には理解不能ですが、介護の方には理解出来るとの事です。

色々行政を辿りデイサービスへの手続きを何度もしましたが、いくら説得して(三年間)もその場になると仮病を使い断ってしまうのです。

私が何時もその場にいても駄目でした、人によって認知症の性格と進行の度合いが違うのは理解していましたが 、母は何方とも違うのです。

色々アドバイスをいただき試しましたが、結局、総てプロの方「介護のプロ」も「少し様子をみましょう」とさじを投げました。

それでも私の大切な母なのです、私の言う事しかききません、しかし、デイサービスだけは、何度色んな場面で試しても私にも駄目でした。

母は食べ物がないと自分で判断(我々若夫婦が完璧に管理しているので食料は何時も揃っている)すると、買い物に行こうとするのですが、お金を数えたり身支度をしているうちに訳が分からなくなり、結局、いつも行けないのです、つまり決断出来ないのだと分かりました。

まだ徘徊はありませんが、その兆候はゼロではありません、夜は、玄関から出られないようにサムターンの内鍵は抜いて開かないようにしています。

そしていつも耳をそばだて母の動きを二人で監視しています、近所の方は母の病気を知っていて、皆さんにも一応気をつけて見てもらっていますが全く当てにはなりません。

もう、何を話し伝えようとしても、言葉が意味として繋がらないので、全く伝わらなくなってしまいました、たとえば「醤油を冷蔵庫に入れないで」

これが伝わらず、四年間、毎日、一日何度も言い続けていますが、朝になるとちゃんと冷蔵庫に入っています、文章にもしてみましたが、それも見てるだけで理解出来ないようです。

そして二年経った今でも父が亡くなった事を覚える事が出来なくて、それを伝えると「母さん、それは知らなかったなあ」と何時も言うのです、そして家内に「お父さん、どこに行ったか知らない?」と聞くのだそうです。

私は「母さんはお通夜も葬式も和服で出て、父さんのお骨もちゃんと拾ったんだよ」と伝えると「それは知らなかったなあ、そんなの私しらないもん、なんでそんな大切なこと私に教えてくれないの?」と怒って言うのです。

母は可哀相で、いつも悲しくなります。

でもこれが母の現実で運命なのですね。

でも弟も父さんも帰って来なくても、私は命ある限り、最後まで母さんのそばにいるからね、大丈夫!!

世間の方々は母を見て、施設に入れたら?と言います、私には母を見捨てる事は出来ません。

施設とは、介護しやすくするために鎮静剤をうち、おとなしくさせた姥捨て山のところもあるように聞きます。

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