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この記事は、2018年11月7日に、FC2ブログからこちらのサイト(https://we-spirits.jp)へ
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歳をとるのも悪くない

最近つくづくそう思えてきた、とは言っても実際は若いにこしたことはないが、色々あったが好き勝手に生きてきたわりに、家内がしっかりしてくれていたおかげで、人生最後は何となく格好がついてきたと思う。

父は生前言っていた、家が出来上がる前に俺が死んじゃうよと、その理由とは。

何故だか何件申し込んでもなかなか住宅ローンが通らないのである、流石に我々の信用度以外のこの土地に何か問題がある、これを銀行担当者に直接ぶつけてみた、思い当たるところが一つだけあった。

「もう我々夫婦の信用度だけではないよね?ひょっとして家の前の道路がが市道(いちどう)になっていないから?」すると担当者は、はっきり「本当は言ってはいけないのですが、そうです」と言った。

昔、父が建てたこの家は建て売りだったのである、道路もその不動産の所有、しかも宙ぶらりん、何処にも抜けていない行き止まりの中途半端な道なのである。

まだお金がなかった我々は父に、事実を話した、家の前の土地10パーセントを100万円で買ってもらった。

すると住宅ローンはあっさり通った、銀行には何でもっと早く伝えてくれなかったのか憤りもあった。

しかし家内がたまたま以前勤めていた会社に出入りしていた銀行マンに「住宅ローンなんか如何ですかね?」と聞かれた、金利を聞いても何処より最安値だった。

先に通っていた銀行の住宅ローンを蹴って、金利の安い方に乗り換えたわけです。

父はこう言った、やっと審査を通してくれた銀行さんに、そんな事して全部駄目になったらどうする?

先に審査を通してくれた銀行は、後から色んな条件を付けて来るなど、めんどくさかった。

一番安い金利で借りる事が出来た、しかも条件はとても少ない。

そしてついてる事に、設計屋さんとビルダーさんがとても良かった。

夏から真冬にかかった工事だったので、天候など色々あり、少し遅れたが気に入ったがっちりした家が建った。

そしてこの家が建って母の認知症が発覚した、父はそんな母と三年同居していたが、二年前呆気なく他界した。

認知症の母に一日中同じ事を言われ、入退院を繰り返していた、デイサービスに行かそうにも母は仮病を使い断ってしまう、少しでも父と母を引き離したかったのである。

結局何にも出来なかったのであるが、家内が二年前に会社を辞めてくれたおかげで、私独りから家内が加わってくれて負担は半分になると思いきや、母の認知症はどんどん進み手に負えなくなった。

その母も今は施設に入り家にはいない、やっと夫婦二人の時間が戻った。

人生はなるようにしかならない、好転させようと思ったら、足掻かないで今出来ることを粛々と、これが一番。

良い方に考えても悪い方に考えても、結果は分からない、ならば良い方に考える方がいい、もし悪い方へ転がったら「この程度で済んでよかったんだ」こう思えばいい。

それは確かにやることもやらず、他力本願だけでは駄目なのは当たり前。

とりあえず我々夫婦は一段落です、シャンパーニュもたくさん購入しワインセラーに入っている、普段はあまりお金を使わず質素に暮らし、たまにはドライブへ行こうと思う、今まで我々夫婦は、ないない尽くしの生活だった、そしてお互い歳をとった。

それにしても人生は何とかなるものである、いや我々夫婦は何とかしたのである。

お天道様の下を大手を振って歩こう。

確かに衰えたが歳をとるのは色々知恵が付いて、若い頃の半分の労力で色々出来るようになり、なかなかグッドである。

私はまだ夢と希望を持っています、馬鹿は馬鹿なりに素敵に歳をとりたいものです。

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