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この記事は、2018年11月7日に、FC2ブログからこちらのサイト(https://we-spirits.jp)へ
移転したものです。

ジャンクな街と人々

今回はオーディオやケーブルと関係ないお話しですが。

人間、諦めてはいけない、貴方には出来る。

出来る様になりたい、自分は出来るんだ、と思い込んでいただきたい。

人間思い込みはとても大切な事である、他人に笑われたって構わない、人はみんな完ぺきではないのだ。

自分には出来ないと放っておく事が一番良くない、しかし、やるべき事もやらないでそれだけに没頭するのは、もっとまずい、社会生活を出来ない人間になってしまうからだ。

最近そんな人が街に溢れている、私からみたら単なる目標を失ったゾンビの様に見える、でも貴方は本当に大丈夫か?

姿勢が悪く、バミューダをだらしなくはいて、眼鏡は汚く、口は常に空きっぱなし、息は臭い、頭はフケだらけ、しかしその時はたまたま疲れていたのかな?

最近そんな人を私はたくさん見かける、電車に座れば自分の横に堂々と荷物をおき、安っぽいビニール袋をガサガサ、足を大きく開き前に投げ出して平気で座っている、人がそこを通ろうとしても、お構い無し、足を引っ込めようともしない、しかし、たまたま悩み事でもあって気が回らなかったのかな?

鏡でその姿をありのまま見せてあげたい、あまりの自分の姿の醜さにびっくりするはずだ、とにかく今の日本人は、少しだらしがない。

そしてところ構わず、大きな声で馬鹿丸出しの会話をして、ヘラヘラ笑っている女性達、大して変わらないのに電車の中で化粧をし、平気で何かをパクパク食べはじめ、ドリンクをバンバン飲んでいる、そして、その食べ物の臭いは、前の席まで漂ってくる、はしたない!気付かないのだろうか?周りの人の冷たい視線に、あまり見ていると、綺麗だから見られてると勘違いされる、ただおかしいから見ているだけですよ、でもたまたま暗い事が続き、化粧する暇もなく、お腹がすいていて、食べたら喉が渇いたのかな?

後は駅の階段等で響く女性のサンダルの音、まるで、工事現場のようでもあるし、怪獣が歩いてるみたいだ、ガンガンうるさくて嫌になる、凄く不愉快だ、でもたまたまその時はお金がなくて良いサンダルを買えなかったのかな?。

違うよね?多分何も考えていない人達なのだろう、分からないのだと思う、これから先、いつか本人は、恥をかく事になるだろう。

みなさん、そんな人間になってしまう前に、今やるべき事をやろう、背伸びせずに出来る事からコツコツと、気付く事が大切である、総ての歯車が周りのまともな人と噛み合ってくると、人間今のままで良いのだろうか?考え、分かってくる筈だ。

そして、付き合う仲間のレベルが変わってくる、街で人の流れをよくみてみよう、まともな人はまともな人どおし集まっている、つまり勝ち組。

駄目な人は駄目な人どおし集まっているものだ、それは良いにせよ、悪いにせよ多分楽(らく)だからだ、私はそうだった、つまり弱いから意気がり、喧嘩をするのだ、自己主張だが本当に強ければ、自分を誇示しなくても周りは認めてくれる。

自分のスキルを少しでも上げて、仕事と生活のレベルを上げたい、レベルが上がれば仕事も楽しい、気持ちも表情も変わってくる、そんな人を社会は欲しがる、よって給料が上がる、良い事の連鎖である。

それに反して、怠け者の集団は、自分達が勝手に自分の生活を、つまらないものにしてしまっているのに気が付かない、その仲間内では、仲間同士を絶対に悪く言わない、悪いところでも誉め合うのである、世の中を斜めに見ているので、普段の態度から、世間にそっぽをむかれ、守られるものがなく弱いからだ、自分しか信用できない、周りは全部敵だ、俺は一匹狼だ、それでは永遠に進歩はない、悪いところを悪いと指摘してくれる友人が本当の友人だ、しかし今まで怠けたぶん、立ち上がるのは大変だと思う、過去の私の様に、しかし、やる気のない仲間といつまでつるんでいても、何も良い事はない、それに気付いたら、一刻も早く離れる事である。

私は、昔、ある友人を見ていて、気付いた、このままでは自分の人生もつまらないものになってしまうと。

結局その友人は42歳の若さで命を落とした、ひとり寂しく、誰にも看取られることなく、私はその友人の人生がつまらないものだったとは思わないが、ただ、残念なのだ。

その友人は元建築屋さんで、若い頃はバイタリティー溢れる、とてもサッパリしたかっこいい男だった、カラッとした性格なので、女性にもよくモテた。

しかし、ふとした寂しさから逃げようとしたアルコールで、命を落としたのである、落ちていくのはあっというまだった。

私は何度も忠告した、しかし本人が気付いた時は既に、余命半年だった、もう総て遅かったのだ、私はその時後悔した、もっと早くに気付いてあげるべきだったと。

後から思い出してみると、彼は私に何度も黄色信号を灯していたのだ、亡くなった事を、私は彼の父親から、何気なくかけた電話で知った、残念で、悔しくて、泣けて泣けて仕方がなかった、でもその友人は、私の作った絹巻きケーブルを「カッコいいケーブルだ、普通のケーブルと音が違う」と言ってくれた、その言葉が忘れられない。

いくらでもどこからでも人間はやり直しが出来るのだ、命の期限が来てからでは遅いのだ、いやそれでも遅い事はない、何をしたかではない、人間最後は、どう生きたのかだと私は思う。

その答えは生前にはないが、色んな形で後生に残ると私は思う、現に友人の人生がこの様に私に語られている、でも、生きてくって色々大変だよね、だけどせめて他人に迷惑をかけたくない。

私は集団行動が出来なかった、でもそれで良いのだ、私は私なりに、世の中と調和する事が少しずつ出来るようになってきた。

ゆっくり、ゆっくりとね。

でも私が冒頭で話したような人達も多分、いずれ分かる時が来て欲しい、そう願いたい。

人間出来ると願えば必ず出来る時が来るよ。

ゆっくり、ゆっくりと、その時は来るよ。

きっとね…

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