レシピのようなノート
人にはお見せしませんが、私は今までオーディオをやってきた経緯を、こと細やかに書いてきたノートがあります。
私にとって、親方が引退するときに弟子が受け取る料理のレシピのようなものです、しかし私なりに60年世間生きてきて、店主の引退した店が、味を守ることなく廃業していくのをたくさん見てきました。
極稀に新たな風が入り、その時代にマッチした経営状態に変わり息を吹き返すお店も確かにあります、しかし数年後果たしてそのような合理的な経営が上手くいくでしょうか。
私の答えは残念ながらノーだと思います、味も含めお店の雰囲気ががらりと変わってしまうからです。
オーディオも同じです、やはり何でもありではなく、本流から外れたやり方はなく、既に答えは出ているのです。
オーディオは方向性は違えど、楽器を作ったり修理するのととても似ていると個人的に思います。
私はよく帯域バランスと口にしますが、分かりやすいと思いこの言葉を使って来ましたが、私の中ではもっと奥が深い言葉なのです、でもなかなか文章にならないのです。
極端に言えば、小さなフルレンジの音は確かに軽やかで余計な音が少なく素晴らしいと思いますが、そこは理屈でなく、聴いてもどうしてもお腹いっぱいにならないのです。
そして個人的にオーディオやってきて、どうせオーディオやるなら38センチウーハーを軸にドライバーやホーンやツィーターをチョイスして、スリーウェイで構成する事をお薦めいたします。
その事が何度も私のノートに書いてありました、私が何度もフルレンジに挑戦して来た証です。
しかし必ずまた38センチウーハーを軸にしたユニット構成に戻っています。
私にはそのノートがあるので、ここまで鳴らせたのだと思います。
やはり過去があって現在があります、忘れてはなりません。
しかし過去の失敗も時として、前後関係が変化して、上手く行く場合もあります。
私の場合他も多岐に渡りますが、特に過去に失敗したスリーウェイ自作LCネットワークと、マルチシステムでした。
当時の私はまだ若く、ネットワークを自作しても丁寧とはいえず、使った部品もネットワークを乗せた板も良いものとは思えません。
マルチにしてもユニット構成は上手く揃えたものの、プリとパワーアンプが揃ってなかったり、パワーアンプにしても低音域だけトランジスターだったり真空管だったり揃ってなかったり、そんな事が自分の書いたノートに書かれていました。
それでは上手く鳴る筈がないのです、マルチシステムは、メーカーと機材の型番が総て同じクラスのもので揃っていないと、総てのユニットは同期しないのです。
それはマルチシステムの常識なのですが、当時の私は分からなかったのです。
自分で書いたノートを読み返してみて気がついたのです、試しに今までの経験をいかし、イシノラボへ、マルチシステム総てを依頼したのです。
当たり前の事ですが、マルチシステムはあっさり決まったのでした。
頭の中に絵は描けますが、やはり真実を読んだ方が早く完成します。
今まで黙っていましたが、単なる閃きや勘だけで音質改善は出来ません。
しっかりとした礎があるのです、しかしノートは私が書いたものであり、他の人が読まれても難しくて訳が分からないと思います、私だけが分かるようにしか書いてこなかったからです。
この仕事は私一代限りです、難しくて伝承は出来ません、若い頃書いたノートの内容は、次から次へと機材を買い換え、その差を書いていますが、今読み返してみても、あまり参考になりませんが、何故駄目だったのか、今なら分かるようになったのです、これは自分の経験と進歩です。
そんな私が変わりだしたのは、家内と所帯をもってから、とにかく金がなかった、家内に許しを得て購入した機材を、とにかくしゃぶり尽くしました、そしてオーディオは金持ちの道楽ではないと答えをだしだのです。
使ってる機材は確かに優れたものを使うべきだ、しかしその前に今使ってる機材もまともに鳴らせないのに、もっと優れた機材を使い切るのは不可能だと思うのです。
私は今はっきり言えます、ものには順序がある、自分で書いたたくさんのノートは、私にその事を気付かせてくれました。
そして過去がある、私は過去から決別しようと思っていましたが無理でした。
過去の失敗を糧に先を見る事は良いことです、決別する必要はありません。
過去は糧です、過去があるから現在と未来がある、輝いていた頃があるなら、思い出しまた違った意味で輝けばいい、レシピのようなノートは、そんな事を教えてくれました。