ブログを始めた頃
当時は、今考えても赤面する程の酷い音だった。しかし、なぜあのような自信のある文章が書けたのか、まだ対処の仕方や方法はあまり分からなかったが、なぜだか自信だけはあった。そして、理想の音を胸の中に持っていた。
今は常に「途中経過だ」そう思っていた。賃貸マンションの制限のあるとても狭い部屋で、オーディオを追及していたのである。
しかし、その狭い部屋での数々の経験が私を強くした。そして、去年二月この新居の部屋に越してきた。
やはり賃貸の部屋と違い自己所有なので、一緒に暮らしてる家内や両親に相談した上でならば何でも出来る。
なのでオーディオで色々な事がやり易いから、出来る事が多いのである。更に完全に独立した部屋なので、多少の無理がきくのである。
一年四ヵ月、この部屋の中で出来る事を思いっきりやった。
知らない内に結構なレベル迄来たのである。自分以外のシステムを聞いたら分かる。今まで聞かせて頂いた凄いと思っていたシステムが、全部色褪せてしまった。
私のシステムを聞いて、隙のない対決姿勢のオーディオに感じると話される方もいらっしゃる。
しかし、私の考えは違う、隙のない音を鳴らそうとした訳ではなく、違和感のないまともな音こそが、個人的に癒しの音になるのである。
私は逃げのオーディオが嫌いである。敷くもので音をぼかし甘くしたり、アッテネーターで絞りクリアーな音を減らし柔く感じさせたり、そう言った事がきらいなのである。
私はこう思う。ユニット各々の帯域や音量バランスも確かに大切だとは思うが、やはり質の問題だと思う。
今そこそこに鳴ったウエスタンスピリッツサウンド、過去と比べると音が生命にみちあふれ、静かで穏やかであり、質が違うと思う。
しかし、ウエスタンスピリッツはまだまだである。オーディオに終わりはない、未完成だから。