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やっと二年

2013年2月21日に新居へ越して来ました。昼間でも7℃しかないとても寒い日でした。

新居を建てる話が我々夫婦の間で始まった時は、まだ両親にも話していませんでした。

ただ二人で何日も綿密に話し合いをしました。かなり無計画でお粗末な、夢物語の様なお話だったのです。

そして息子である私が、実家の千葉の両親の元へ出向き、生まれて初めて父と向き合い、真剣な話をしたのです。

両親は年老いてはおりましたが、二人でなに不自由なく静かに暮らしておりました。「この実家を取り壊し、我々が責任を持ってローンを組み、支払いますから、二世帯の新居に建て替えさせてもらえないだろうか?」と相談したのです。

すると、父は腕を組んで暫く考えていましたが、やがて一言「やめておこう」と答えを出したのです。

当たり前です、私に信用がなかったのです。私は自由奔放に生きて来て、どこに就職しても長続きせず、仕事をかえて来たからです。

仕事中の家内に駄目だった事を伝えました。

しかし、その夜に母から、連絡が来ました、そして父に電話をかわり「お前、本当に覚悟はあるのか?」と聞かれました。私は「はいっ、あります」と答えました。

「では、明日もう一度来いや」との事でした。その夜、家内と話を煮詰め、更にしっかりとした返済計画を練り、私は再び千葉の実家を訪ねたのです。

それでも父はまだ私を心配しているのを感じましたが。「やってみるか?」と言ってくれたのです。母は涙を溢し喜んでおりました。

母は、ずっと私を待っていたのです。私は「宜しくお願いいたします」と帰って来ました。

しかし、住宅ローンは合計5件、総て審査で落ちました。そして、我々夫婦は、どんなに個人情報を調べても、落ちる理由が分かりませんでした。夏の暑い日に冷や汗が吹き出したのを覚えています。

そして、途方にくれ、地元の市役所へ行き、土地を詳しく調べていた正にその時、審査を落とした銀行の担当者と偶然バッタリ出くわしたのです。

その時、初めて何で審査が通らないのかがハッキリ分かりました。実家の前の道路の問題だったのです。つまり市道ではなく、市も認める宙ぶらりんな土地だったのです。

父の対応のおかげで、直ぐに解決しましたが、これは建て替えするのに大問題でした。そこをクリアー出来たら、いとも簡単に住宅ローンは総て嘘の様に通りました。

しかも、一番金利の安い銀行で住宅ローンを組むことが出来たのです。月々の支払いは、安い風呂なし木造アパートの家賃くらいです。やはり私達は、結局最後はついてるんだと思いました。

そして、新居が完成して丸二年、なかなか感慨深いものがあります。

今、新居の中で許される限り思いっきりオーディオが出来ます。

今、住宅ローンがなかなか通らない方に言いたいです。ローンが通らないのには必ず、なにがしかの銀行やフラット35等に都合の悪い理由があるのです。

しかし、個人情報保護法により、なぜ審査に落ちたのかは、絶対に教えてはくれません。でも、夢を諦めないで下さい。

建っていた家は、余程の事がない限り、問題さえ解決する事が出来れば、必ず建て替える事が出来ます。しかし、大変でした。

それには、ご近所とのしっかりした繋がりが一番大切です。

越してきて二年、色々ありましたが、お付き合いも増えて来て、今は毎日がとても平和です。

そして、住宅ローン減税があるため、固定資産税もありますが、年末調整で帰って来るので、ないのと等しいのです。

そして、自己所有の戸建てはとても良いものです。

必ず夜明けは来ます、諦めないで下さい。我々は一年以上も審査に落ち続けました。でもこうして妥協のない新居は現に建ったのです。

嘘の様な本当のお話でした。

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