責任とはとるものではない果たすものである
以前も書きましたが私はこう思います、責任とは果たすものであり、辞任するものではない。
政治家しかり会社の代表や役員しかりである、何かあると「も~し訳ございません、私は今回の不祥事の責任をとり辞任する事に致しました」こんなお話しばかり。
観ていて「何か違うな」いつもそう思っている。
辞めて責任を果たせるならそんな楽な事はない、損害を与えた会社から、沢山の退職金を受け取り、後は悠々自適な生活が待っているだけ。
会社に多大なる損害と社会的ダメージを負わせ、自分が辞める事で責任追及から逃れ、ただ臭いものに蓋をしただけ。
結局何にも変わらないではないか、テレビや雑誌をみていて、腹が立って来る。
これでは若い世代が育つ訳はない、ゆとりとか悟りとか言っているがそんなものではない。
若くてもゆとりでも悟り世代でも、努力してる人を私はたくさん見ている。
しかし世の中の風潮として、最近、何かが大きくズレていると私は個人的に思う。
私だって大した人間ではないが、少なくとも責任逃れをする事はない、自分自身にプライドは持ってないが、作ったものに責任とプライドをもっている。
これが物作りとして当たり前の事であり、職人のプライドである。
責任とは果たすものであって、とって辞任するものではない。