魔法の箱
今日は認知症を患い今は遠く離れた介護サービス付き施設で暮らしている母のお話です、少しお付き合い下さい。
魔法の箱とは冷蔵庫の事です、母は若い頃から買いだめをする癖があった。
沢山購入して来た食材で冷蔵庫の中は隙間がなかった、しかし何時も何でもあった。
その習慣からか認知症になった母は、買ってきたものを覚えられなくなり、トマトや半分にカットされたレタスや小松菜ばかり買ってきては冷蔵庫にしまい、全部腐っていた。
私と家内で何度夜中にこっそり捨てたことか、一週間安心してるとまたいっぱいになっている、その繰り返しだった。
その内、母は一日中財布を広げてお金を数えるようになった「そうか数えた事も金額も覚えられないため、何度も数えるんだな」そう思った。
少しすると母は買い物に出なくなった、理由は直ぐに分かった、出掛ける前にお金を数えたり、洋服を選んだり着たりしてる内に、混乱して疲れてしまい出ることが出来ないのだ。
「しかし人間とはいくら病気とは言え、ここまで壊れてしまうものか」母が哀れだった。
そして冷蔵庫は空になった、母の好きなチーズやお魚ソーセージやトマトを買ってきては母が食べるぶんだけ冷蔵庫へ入れて管理していた、そうしないといくらでも食べてしまうからである。
でも母はこう言っていた「私買い物に行ってるもん、自分の食べたいものを買って来てるから大丈夫」これが口癖だった。
認知症の方の特徴は圧倒的な権威のある人の言う事は聞くが、目下の話は全く聞かない、つまり母にとり私は息子なので可愛いが、目下なのである。
私はショックの連続だった、ただ一つの救いは、母は徘徊だけはしなかったことである。
もし保護されたとして、名前も言えない、住所も電話番号も年齢も言えない、我々が捜索願を出して初めて分かると思う。
下手をすると訳の分からない所まで歩き、帰れなくなり行き倒れになる可能性大である。
まともな人間には理解できないがこれが認知症なのである。
怒鳴るといけない、よく言われる事だが、親子だから怒鳴ってしまうのだ、病院等へ連れ出すのに一苦労だった、お金を用意しハンカチを持って、洋服を選ぶそして着る、これは母にとって大変な事なのである、何とその簡単な支度に二時間はかかる。
病院の予約時間が過ぎてしまった事や行けなかった事も何度もあった、怒鳴る気はないのだが、気がつくと怒鳴りつけてしまう。
最後は毎日かけていた掃除機も使えなくなり、手のひらをこすりつけて床の掃除をしていた。
しかし不思議と炊飯器でご飯は焚けていた、しかしご飯の固さは安定せずベチャベチャだった。
それらを毎日見ていると何にもする気力がなくなる、とにかく壊れているので何をするか分からないのである。
振り返り思うとよく二人で五年も介護を続けたものである、プロの介護士が話していた「私にも在宅介護は無理です、私の親も施設に預けています」これが現実です。
在宅介護をされている方、両親の冷蔵庫の中を注意して見てみて下さい、何かのヒントなりサインが見つかる筈です。
冷蔵庫は魔法の箱ではないのです。