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この記事は、2018年11月7日に、FC2ブログからこちらのサイト(https://we-spirits.jp)へ
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1980年からのオーディオ

私がはじめてオーディオに興味を持ったのは、アルバイト先で一緒に仕事をしていた少し歳上の人の部屋でJBL4343Bを小音量で聞いてからだった、それまで私はギターにしか興味がなかった。

そのJBLを聞いて私は一気に、それまで趣味だったギターへの熱が覚めたのを覚えている、それまで私はステレオは持っていたが、電蓄と言っていいものだった、特に不満は感じてなかったが、JBLを聞いた時これは自分には弾けないなと思ったからだった、プロの出す音、プロの弾き方は凄いんだなと気付いたからだった。

そしてその方にお願いして、とりあえずオーディオを揃えていただいた。

スピーカーはコーラルのX-ⅦでアンプはトリオのKA-8300でプレーヤーがマイクロのDD-8に、カートリッヂはシュアーの97HEだった、届いてなんとか繋ぎ、はじめて鳴らした時は思わず階下から母を呼んだ、なんてくもりのない力強い綺麗な音だろう、今まで聞いたことのない音が六畳の和室に溢れた。

時代は正にDCアンプやデジタルの方向に傾きつつあったと思う、そしてオーディオの音は、一年ごとに明らかに悪くなっていった、でも信じられない程にオーディオはまだたくさんの種類があった、若者は大きなラジカセやSONYのウォークマンに憧れていたが値段が高く、なかなか買えなかった、オーディオは更にその遥か上の値段だった。

そして私がはじめてJBLを強く意識したのも、当事流行っていた新宿歌舞伎町のディスコだった、音が大きいだけで、良い音とは言えなかったが、私は神秘的でJBLがカッコいいと思った、いつか買うぞ、もっと良く鳴るはずだ、そんなアホな考えだった。

今思う、もう少し早くオーディオに出逢っていたらと、私が始めた1980年は音の為にしたことが結局音の為にならなかったのだと。

オーディオは1970年代初期に既に終わっていたのではないか?私はそう思っている。

源音再生は確かに大切だ、しかしあまりにもそれだけを時代は追いかけ過ぎたのだ、昨今のハイエンドは録音で欠落したところを上手くカバー出来ないでいる、だから音は綺麗だがどこか聞いていて心に冷たい風が吹く、私の鳴らしているJBL 4560BKは暖かい音がする、そして音楽が弾んでいる、つまりJBLの4560とは、大きなホールで鳴らした時に起こる中低域が薄くなる鳴り方を、フロントロードホーンをかけることにより、カバーしたのだろう。

どんなスピーカーでも大音量で鳴らすと、中音域が薄くなる、4560は音を遠くへ飛ばす為だけに作られた訳ではないのだと分かる。

JBL4560BKは1970年頃に完成し、少し後に販売を開始している、間違えているかも知れないがその頃だ、私はもっと古いのかと思っていたが、以外と新しいボックスだったのだ。

アルテックA-7等と似たような発想で完成したのかと思っていたが、そのコンセプトは全く違うと言うことが最近になって分かった。

だから私はそれに気付いて、ボックスの製造年代を合わせたCROWNのDC-300Aにしたわけだ、そしてそのアンプが世界の録音スタジオの標準機だったのを後に調べて知ったのである。

オーディオが上手く鳴るのにも鳴らないのにもちゃんとした理由が存在する、ものを買い換えてみてもそんなに大きく音は変わらない、むしろ電源やケーブルやセッティングに時間をさいた方が賢明であると私は思う。

しかしそれにも気付くだけの能力と、たぐいまれなセンスが必要になるのだが、なかなかそう言う人は少ない。

ようは簡単に言うとこうなる、分からないのだ、人はなかなか自分の殻を壊すことは出来ないのである、全く違う事が他人の口から出たとする、人は大体は全否定する、時間が経ち気付く事もあるが、大体の人は自分に都合よく解釈する、私は違う、その時は受け入れる事は出来ないが、自分を疑いじっくり考えると、見えてくる、その人が自分に伝えたかった本当の事が。

オーディオは、精神が病んでる人には多分理解出来ない危ない趣味でもある、しかし裏返せば全く違う一面をもった自分に気付ける、私はそう思う。

音を少しでも良くしたいと思ったら、そこまで行き着いてしまった。

私はオーディオに対する姿勢を随分と改め変化させた、そして私の今のサウンドは、オーディオを始めた1980年とは随分違うもののようにも思う、しかし反面、私はJBLの個性に気付き、それをケーブルも含め、ストレートに鳴らしただけだったのかも知れない。

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