[ お知らせ ]
この記事は、2018年11月7日に、FC2ブログからこちらのサイト(https://we-spirits.jp)へ
移転したものです。

生の音を知ろう

よくオーディオマニアとお話をしていて、レベルの低さに耳を疑う。生の音の凄さはオーディオでは再生出来ない?

また来たかと私は思う。はなっから生の音など求めてはいないし、そもそも比較する方がおかしい。

しかし生の音を違う方向から知らないと、極論、オーディオは出来ない。そう言いたいのだ。

生の音は、音が大きくても近くで聞いても、あまりうるさくない。それが例えヘビーメタルでも。ロックは電気機材を使用するため確かにうるさいが、再生音程は酷くない。音が突き抜けているからだろう。

つまり生は歪みがないからだ。しかし出来るだけ生を聞くならば、電気を通さないアコースティックなジャズやクラシックの方が分かりやすい。

でも、オーディオの音は歪みだらけだ。しかしある意味、生を越えている。個人的にはそう思う。

だってそうだろう、各々の楽器の音を録音して、ソフトと言われる商品として出来上がり聞いた時に、その総てを聞けるように、しかも楽器にかぶり付きで聞いてる様に。普通に聞いてるのとは違う、あり得ないマイクの位置で録っているのだ。

そこが再生音の面白さで、たまに生ではあり得ない音が録れている。それをあたかも、ライヴで聞いてる様に鳴らすのが、聞き手の腕のみせどころ。それがオーディオである。

話しは録音に戻るが。それを調整卓で整えて、一つにまとめ実際にそこで聞いてる様にソフト化している。その美味しい極上の音がソフトに入っているのだ。

それを引き出すために、エネルギーロスなくスピーカーに音楽信号を届ける努力とセンスが必要になる。

その意味でならば、オーディオは生を越えているとは言えないだろうか?

貴方の装置が上手く鳴る、鳴らないは、貴方の腕次第である。悪いとは思うが、九割がたのオーディオは上手く鳴っていない。しかし今のオーディオは何もしなくてもそこそこ優等生。綺麗な音だ。でも我々は更にその先を行きたい訳だ。

私は、低いレベルでこのブログを書いてる訳ではないのである。私が何度話しても、みなさんはものを買い換える、何故なんだろう?理解出来ない。

質の優れたものを購入し、使用すれば確かに少しは音質が変わる。その程度の事だ。

やはりオーディオは99%使いこなしである。それを分かってほしい。オーディオ装置を選ぶのは、その中の1%を選んだに過ぎない。とは言えないだろうか?

正しいものが必ずしも良い音を鳴らす訳ではない?その言葉も違うと私は思う。真に正しいものはやはり良い音を鳴らす。他の何かが良くないから上手く鳴らないのだ。

良い音にならないのは単に貴方のオーディオセンスと方向がどこか間違えているからだ。それ以前に、音の悪いスピーカーはない。

もっと言わせていただければ、使っているものはあまり関係ない。なぜそれを選んだかなのだ。そして鳴り方のどこに不満があり、どう音質を変えたいのか?

この答えを明確に聞きたいのである。今現在思った音質になっていないのならば、買い換える前に人の意見を少しは聞くぺきではないのか。

自分なりの考えは確かに必要だ。しかし時として、それが思い込みと言う壁になり、立ち塞がってしまう。

ただ、それが残念なのだ。

オーディオの音を優れた音にするには、先ずエネルギーロス(接点、電気的、機械的)を徹底的に減らすこと。それしかない。

オーディオは笑ってしまうほど接点だらけだ。カートリッヂが出力した微弱な電気信号を、何㎞も先まで増幅しながらスピーカーに届け続け、振動に変換し聞いてる様なものである。

その道をどう整備していくのか、それが総てと言っても過言ではないと思う。

そして、オーディオは最後、入り口が肝心だ。そしてやはりケーブルだ。そこが駄目ならば総ては水の泡である。

そして、色んな音を素直な気持ちで聞いて欲しい。家に帰りオーディオを聞いてもらいたい。いかにネジ曲がった酷い音か分かる筈である。

聞くのは数式でも理論でもない。耳で聞く音楽である。オーディオの音楽は見るものではない。耳で聞くものである。確かに理論は必要だ。しかしその前に、頭でなく色んな場面で耳を鍛えよう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA