何年経っても変わらぬもの
何時までも変わらない、そして、繋がったらシステムから一生外れない。私はそんなオーディオケーブルが作りたかった。しかし昨今メーカーは、売り上げをのばすためか、次から次へと新製品が出てくる。
一年前に究極と話していたではないか?では以前の商品は究極でなかったのか。私はそれが嫌なのである。
私は今も、理想とする究極のケーブルは作れない、いやもう出来たのかも知れない。でも常に尽くすのはその時のベストである。
しかし消費者は哀れなものである。大した変わらないメーカーの新製品を延々買い続けている。
そして大して鳴らないので、いつしかオーディオの熱は冷め、揚げ句の果てにお金がなくなり、子供にお金がかかるからと諦めてシステムを捨ててしまう。
昔流行ったオーディオシステムの末路は、多分そんなものではないだろうか。そしてやってもみないで、昔散々やったけどお金をかけたわりには大した音にならなかったと言いふらす。
それは貴方に気力がないからである。まだお持ちならば、またオーディオを復活させよう。
音楽を聞くと脳は活性化し、過去に聞いたソフトを再び聞くと当時の事をハッキリ思い出す。雨上がりのアスファルトの香りや、別れた彼女がつけていた香水の香り。それらが昨日の事の様に蘇ってくる。
忘れていた家族や友との約束など克明に思い出す。それはもう果たせないが、人にとって大切な事なのである。
話しはそれたが、オーディオケーブルはそれらを繋ぐ大切なものである。そこには音楽信号以外の余計な何物もあってはいけない。個人的にそう思う。
しかし肝心なのはそれを形にする事だった。言葉で話した内容をケーブルで伝えるのはとても大変な事である。
クリアーで滑らか、強く優しく広がりのある、深い奥行きを伴った静かな音。そんな音のケーブルを目指したのである。
そして、何年経っても変わらない。市販のどんなケーブルよりも音がしっかりしている。繋いだシステムから一生外れない、そんなケーブルを作りたかった。