友人が試聴に来た。
私よりはオーディオを長く経験している、アルゼンチンタンゴや、クラシックのオペラが好きである、特に人の声が好きなのである。いつも必ず気に入らない所を端的に指摘してくれる。音にはかなりのうるさ方である。
私は幾度も間違えた方向へ進んだ、そのたびに試聴に来られ、そしてそのたびに、この音はここがおかしいと伝えてくれる。これが本当の友人だろう。そしてそこを改善してきた。
何故なら、適当に誉める事は簡単である。しかし同じオーディオ好きとしては、悪い所を指摘するのは嫌なものである。
今回は徹底的に附帯音や分割振動を減衰させた。私は良いと思うが、やはり第三者に聞いてもらわないと心配である。
さて、どうなるだろうか。音が優しい、今のお前の生活状態が分かるような音だとの事だった。
「最近、心が穏やかになったと思う」と答えた。すると、そう、それが今の音に出ていると言った。やはりそうなのである、オーディオの音は、自身を写す鏡の様なものである。
今までのお前の音は、これでどうだっ!みたいな攻撃的なところがいつもあったが、今日は音も小さく聞きやすかったと。
友人は、一つ一つの音が剥がれていて、うるさくないので疲れない、ずっと聞いていたいと言った、気持ちが良いと。
音も確かにあるが、私の聞いてる姿勢や、話し方もあるのだろうと思った。
完璧に心の中まで読まれてしまったかのような試聴だった。
今、心は穏やかで、友の意見を聞き爽やかになった。今回の実験は、私の精神状態も含め、成功ではないだろうか。