音が変わったのと、良くなったのは別のお話である
改造をして音が変化をすると、音が良くなったと勘違いする事がある。しかし、少しの時間、色々聞いていると、良かったと思っていた大体の実験は、失敗に終わる。
上手くいった時の変化とはいかに自然になったかである。高音がどうとか、中音がどうとか、低音がどうとかではないのである。
確かにその様な表現しか出来ないが、オーディオは一部の方を除き、音楽を楽しむものである。
いかに長い時間、疲れず楽しく聞いていられるか、そこが問題なのである。つまり違和感のない音の事である。
去年ウエスタンスピリッツは、システムをかなり改造した。その結果、余計なものが、確かにその時は減って感じた、しかし、その反面もある。
私はいつも結果を急ぎ過ぎる。そして少し経つとすぐにその実験結果をひっくり返す。これは正直者ととっていただきたいが、大いに反省し、これからは気を付ける、申し訳なかった。
話を戻すが、それまでに感じていた余計なものは減ったが、今度は別の何かが付いている事に、後に気が付くものである。それを知らずに、ずっと良くなったと思えれば、幸せな人生になるが、暫く聞いてみないと正確に把握出来ない。
総て必要な機能だから存在するのである。そして出来る限り、先ずは、オリジナルのままで鳴らせなければならないと思う。
散々やってみて思うのであるが、どんなに優れたと思える素材や方法にも、それ固有の音が必ず存在するのである。
音が変化したのと、音が良くなったのは、また全く別のお話である。
音が本当に良くなるのにも、音が悪くなるのにも、必ず理由があるのである。部屋や使っているものが違うため、一概に言えないのである。そして人は思考が一つではない、求めているものが個々で違うし、またそれで良いのだと思う。
どんな方向の実験にも、これが絶対に良い!等どこにもない。その時求めた音質になるよう努力しよう。
ウエスタンスピリッツのケーブルは、そんなお手伝いが出来るかも知れない。
今、新たなモニターケーブルを製作中である。もうしばらくお待ちください。